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伊豆在住ライター小林ノリコの伊豆グルメ情報+∞ (仮)

毎週火・木曜更新。 covanonwriting.themedia.jp/

「ブランドジャーナリズム」はあなたのすぐそばにある!?

ラジオ番組 メディア業界
書きかけですっかり放置していたエントリーを上げます。
 
2014年9月29日放送のTBSラジオ荒川強啓 デイキャッチ!』のコーナー、「ニュースクリップ」のゲストは、学習院大学非常勤講師の塚越賢治さん。「ブランドジャーナリズムが存在感を増している」というトピックを取り上げました。

 

「ブランドジャーナリズム」は、ざっくり言うと「広告PRとジャーナリズムの間」のこと。コマーシャリズムとはまた異なるものだそうです(コーナー冒頭のトークより)。
 
この記事によると、その明確な定義はまだ確立されていないようですね。


広告に代わる?今なぜブランドジャーナリズムが話題なのか | The Content Marketing

 
塚越さんの説明によると、
「今の時代は、ただ単に広告を打ってしまうと『どうせ売りたいだけでしょ?』と懐疑的になる人が多い。例えばコカ・コーラ社が、記者やジャーナリストに自社製品の情報の記事を書いてもらう。
その記事はジャーナリズムの手法をもって、自社商品の批判も含めて中立的に書かれているんですね。『いいところも悪いところもあるので、どうぞ選んで買ってください』という内容の記事です。それを読んだ消費者は、自分で選んで考えて買うことができ信頼性を獲得できるとあって、現在、人気の手法となっています」
 

 

なるほど。
 
雑誌によく載っている通販のサプリメントや化粧品などの、いわゆる「記事広告」とは違う手法なんですね。あれって中立的な記事とは言えないですもんね。ドキュメンタリー番組の皮を被って壮大なストーリーを絡めてくる「青○」のテレビCMも結局、内容は製品をおすすめしてるだけだから、ブランドジャーナリズムとは違うのかな。
主婦雑誌などの「実際に使い比べてみました!」的な、新製品のお試し品評会みたいな特集は、ブランドジャーナリズムの手法を用いた記事と言えるのだろうか。
 
とすると、あまり見かけたことはないような気がするんだけど……でも、それだけパッと見で気づかないよう、巧妙な手法で載ってたり放送されたりしているのかもしれません。何だかちょっと怖いなあ。
 
ジャーナリストの青木修さん:「しかしこれには問題があるんです。雑誌でもテレビでも、『記事っぽく(番組っぽく)作ってますけど、これは広告ですよ』と(どこかに注釈を)打たなくてはいけない。そこが曖昧になると、企業からお金をもらえばボロカスには書けないはず。広告は必要だが、『ブランドジャーナリズム』というような言葉であやふやにしてしまうのはまずい

塚越さん:「いま、PR会社がけっこう強くなってしまっている。報道機関のジャーナリストの数は、2006年段階のおよそ3分の2(アメリカでの数字)だが、PRや広告の業界は、ジャーナリストひとりに対して、PR担当が4.6人分ぐらいになっている。マーケティングの話だが、これがどんどん進んでいけば、ジャーナリストが書いた記事をPRの人がどういうお客さんに届けたらいいのか効率的に配置をすることによって、より人々に、批判を含めた上手い見せ方をする。『もっと製品を好きになってもらおうという』意味では、ジャーナリズムではなくてPRの面が強いんじゃないのか、ということで、アメリカでは反対の意見が強い」

青木さん:「日本ではこういうことは考えないんですよ。ジャーナリストやキャスター、評論家がCMによく出るでしょう。少し前も、評論家の人がCMに出て原発のことをを擁護する発言をしていた。評論家ではなく宣伝屋さんになってしまう。アメリカはお天気キャスターも基本的にCMに出ない。ビールのCMに出て『来週はお天気です』って言っても『それってホントなの?』って思われてもしょうがない。
メディアの仕事、ジャーナリズムの仕事っていうのとスポンサーからお金もらうのは、広告経費でお金をもらうのはしょうがないとしても、そこは明確に線を引かなきゃいけないでしょう。日本はそのへんの線の引き方が曖昧になってる」

塚越さん:「そういうのがこれからもっと曖昧になっていくんです」

青木さん:「ステマステルスマーケティング)なんていうものもある。ネットだと(それが)よくわからなくなっていく」

塚越さん:「わからないまま、ビッグデータなんてのが進んでいくと、人にわからないように好きなものを見せるっていうのも上手くなってくる。見分ける方法がもっとわからなくなってくるのが問題ですね。記事を書いている人のことを信用できるかどうかっていうのをちゃんと見分けるしかない
 
 
おおぅ……。
 
書き手側にいるものとして、ちょっと恐ろしくなる話です。何だかステマと混同されそうだし。もし、本当に心から読者に紹介したい物を記事にしたとしても、その前に少しでもブランドジャーナリズムに関わっていたら、読者から信頼されなくなってしまうかもしれません。
 
「ブランドジャーナリズム」という言葉の定義が確立されてないのをいいことに、この言葉が日本独自の解釈で一人歩きしてしまう可能性もありますよね。しかもPR業界のいいように扱われてしまう可能性も。「見分ける力を」って言われても、デジタルネイティヴではない世代や子どもたちにとっては、かなり難度が高いかもしれません。
 
「ブランドジャーナリズム」という手法自体は、すでに4年以上前からあるようなので(主に海外で)、今後、日本でもおなじみのPR手法になっていくのでしょうか……?
 
 
おまけ:中田清光さんが「ブランドジャーナリズム」について書かれているこの記事も読み応えがあります。


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