伊豆在住ライター小林ノリコの伊豆グルメ情報+∞ (仮)

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低コスト・大量生産で安売りされるものは、その程度のものだよね

マクドナルドで食品の異物混入が相次ぐなど、再び外食産業の安全・衛生管理や、食品の安全性が問われている。

私は、ファストフード系のお店をあまり利用しない。これはポリシーではなく、口に合わないのと持病が理由なんだけど、家族が食べたいと言う場合は購入するので、厳密に言えば1年間に数回程度は利用しているということになる。

 

よく考えてみれば、100%安全な食品を食べるには、本当はもっとコストがかかるはずなのだ。安いものにはそれなりに理由があって、それを買うにはちょっとした「覚悟」や「勇気」みたいなものが必要なんじゃないだろうか。(しかし仕事を持っていると、多少は出来合いの惣菜や冷凍食品などに頼らざるを得ない…)

そんななか、「大量に生産された食品を、驚くような安さで提供して儲ける」という商売が、いよいよ限界になってきているように感じる。外食産業や量産された食品のカラクリを知った消費者が増え、そういった大手の飲食・商店をだんだん利用しなくなっているのではないかと思う。

 

1月12日(月)のニッポン放送『ザ・ボイス そこまで言うか!』では、私と同じような疑問を持っているリスナーからのメールが読まれていた。コメンテーターは、ジャーナリストの勝谷誠彦さん。飲食関連の著作もあり、食通でもある勝谷さんですが、この件に関しては、ちょっと意外な発言をされていました。

 

勝谷さん「好きな人が安いものを食べればいい。僕は安いものを食べない。意味のあるものしか食べないで何十年か過ごしてる。

この事件は何らかの陰謀なんじゃないかって言われることもあるが、消費者が食べる前に見るようになった。見てみたら意外とこんなにあったということ。気が付くレベルであればそれでいい

だって、おそらくそのペースで何か入ってるってことは、もっと目に見えないおかしなものがもっといっぱい入っているはず。バクテリアから何から、確率から言うと。そう思うと、もっとゾクッとしてもらわなきゃいけないんだけど。その程度のものを食べて耐性ができて(いるから)、お腹も壊さずにいるんだ……というぐらいに思っておかないと、やっていけないでしょうね」

 

ニッポン放送アナウンサー・飯田浩司さん「突き詰めだすと、なにも食べられない!ってなっちゃうのは問題ですね」

 

勝谷さん「外食するにはそういった覚悟がないとやっていけない。家で作ったって、葉っぱの裏には虫ぐらいいるんだからさ。虫がいるぐらいが健全であるわけであって、だからあまりに潔癖症になるのはどうか。製造している業者、農家なんかはある程度仕方ないと思うけど、加工品を作っている業者があまりにも、だらしないっていうのもどうかなあって思うね」

 

飯田さん「今回これだけ、こういったものが出てきたっていうのは、ネットの発達で写真を撮って(インターネットサイトやSNSへ)流すっていうのがあったから、これだけ顕在化したのでは」

 

勝谷さん「ほとんど全部、国内での出来事。中国からの輸入品ではない。国内で作られたものがこの程度ということは、中国で作られたものは、どの程度のものが入ってるか考えたら、もうちょっとゾッとしなければならない。歯に当たるから気がつくわけでわけで、口の中の口触りがいいものだったら、そのままいってる(食べてる)わけだからね」

 

(ここから、ちょっと物騒な話へ……かなりエグい話なので、割愛させていただきます……私もトラウマになりそうな話だった)

 

勝谷さん「人が作るものだから、多少はそういうこともある。目くじらをいちいち立てずに。大事なのは、そこにちゃんとしたチェックと愛情があるかどうかだと思いますね」 

 

う~む。そうなんだけどさ……多少はそういうこともあるけどさ、マクドナルドのアレはあまりにもひど過ぎるわよ。(陰謀やたくらみではなく)もっと根本的なところで何かあるんじゃないかって思っちゃう。

 

飲食店や食品加工会社だけではないですよ。

飲食店の情報を提供する仕事が多いライターや媒体関係者も、もっと掲載店舗・施設選びに時間をかけ、情報を精査した記事を掲載する媒体を作ったほうがいいと思うんだよね。

予算がつかないから仕方ないんだろうけど、「コストやお金の事情」がバレバレな媒体がやたらと目につく。

玉石混交で何百件、何千件もの飲食店を網羅した媒体は、まるで、工場で大量生産された大量消費の食品みたいだ。ガイドブックしかり。

そういうもので満足している人は利用すればいいと思う。しかし、内容が濃く、質のいい情報を求めているユーザーからは飽きられ、無視されてしまうんじゃないだろうか(すでにされてるかもよ⁉)。

 

本当に求めてもらえる・読ませる媒体を作るのにも、「愛情」と「信頼」は切っても切れないものなのだと、自戒を込めて思った次第だ。